とある湖畔の町の一寺の住職として、三十五歳の僧侶は、その日その日を、寺務と勉学と、仏との対話のうちに送っていた。僧の身辺の世話をする先代、先々代、いやもっともっと昔から、この寺に仕えてきた老婆の存在は、寺そのものともいえる。僧と老婆の静かな生活ー一。この、美しい、結晶のように、凍結した“生活・時間”と僧の内側の世界は、何が起ろうとも乱れることはなかった。ある雨の激しい日、一人の少女が疲れきった足をひきずって、寺の石段を登り、本堂の前で力尽き、倒れた。僧によって救われた少女は、行くあてもないまま、寺にとどまった。老婆は、我が娘のように少女を愛した。仏の慈愛にも似た、その深い愛に、少女の過去に受けたであろう心の傷も治癒され、次第に寺の生活に馴染んでいった。夏の盛りのある日。寺の裏山で銃声が聞こえ、一人のハンターの青年が現われた。その青年は少女をひと目見て以来、心を奪われてしまった。そして、青年と少女は、森の中で結ばれた。最初は多少の抵抗を示した少女だが、この自分にふさわしい青年の愛を受け入れた。一月。涼しい風の吹きぬける本堂で語りあっていた青年と少女は、自然に抱きあい、激しい愛撫の世界へと没入した。その時、偶然通りかかった僧侶は、その場を目撃し、愕然と立ちすくむのだった。しかし、その後の生活は外見的には、何の変化もみられなかった。初秋の気配か忍びよる頃。僧は突然、断食の荒行に入るといい本堂に坐りこんだ。何故、急にそのような荒行に入るのか、老婆にも、少女にもわからなかった。一日、一日と僧は衰弱していった。青年と少女は、その機が熟したので、寺を出る決心をした。輝かしい朝。若い二人の“信頼”が一つの生活に向って歩き始めた。その間にも僧は衰弱していき、やがて力尽き、本堂の床に死んだ。その死顔は“餓鬼”であった。老婆が焼く枯葉から、白い煙が低くたなびき、光がゆれ、影が動いた。境内は静かだった。何事もなかったかのように……。
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