1972年の沖縄返還時、協定を巡る日米の密約電文が漏洩し、毎日新聞西山 太吉記者と外務省女性事務官が国家公務員法違反で逮捕、有罪となった事件。 沖縄返還で日本に返される土地の原状回復補償費は対米請求権の中に入ってい て、日本側が支出する法的根拠はなかった。当時、米国はベトナム戦争で財源が 乏しく、これを米側が支出することに対して、米国議会は強硬に反対していた。 ジレンマに陥った日本政府は、対外的には米側が400万ドルを負担したこと にして、裏で日本側が肩代わりする「密約」を米政府と結んだ。 外務省を担当していた西山記者は、外務省審議官の秘書だった女性事務官に近 づき、この密約の機密電文を持ち出させた。機密電文には「appearance(ふりを すること)」との記載があり、はっきりと国民をだますことが明記されていた。 機密文書は、1971年5月に愛知外相が牛場駐米大使にあてて出した愛知・ マイヤー駐日大使会談の内容と、6月に福田外相臨時代理と中山駐仏大使の間で 交わされた井川条約局長とスナイダー米国駐日公使との交渉内容の計3通だった 。 西山記者は、この密約の事実を持てあまし、特ダネ記事にはせず、小さな目立 たないコラムで触れただけだった。 西山記者はこの機密文書を社会党の衆議院議員に渡した。72年3月、衆院予 算委員会で横路孝弘議員と、国会の爆弾男といわれた楢崎弥之助議員が、この機 密電文を暴露した。 政府はすぐに漏洩の犯人探しを開始。電文に押された回覧印から、審議官周辺 から出たことが分かり、女性事務官が突き止められた。 間もなく、女性事務官が国家公務員法違反(秘密を守る義務違反)で、西山記 者も同法違反(秘密漏洩のそそのかし罪)で逮捕された。 当時、「知る権利」という新しい概念が米国から入って来たばかりで、言論の 自由を守る闘い、との認識が、国民の間でも強かった。 しかし、そうした国民の共感は、一夜にして180度転換する。 西山記者と女性事務官の肉体関係が明るみになり、当時の担当検察官だった佐 藤道夫氏(現、民主党議員)が「情を通じて」という一文を起訴状にもぐり込ま せたことで、問題の本質と国民の関心が「国民の知る権利」から「男女の不倫問 題」へと、すり替わってしまった。 つまり、政府が国民をだました密約の存在よりも、その情報を不倫関係を結ん だ女性から入手した取材手法の方に、国民の反感と関心が移った。 結果的に、密約問題はそれ以上追及されなくなり、政府にとっても好都合な事 態になった。 こうした世論の変化から、当初、政府との全面対決を標榜していた毎日新聞は 、読者からの猛烈な非難・抗議を受け、急激な読者離れを引き起こすとともに、 完全に戦意を喪失した。毎日新聞は、この事件による不買運動で経営悪化を招き 、その後の石油ショックの追い打ちを受け、75年に倒産した。 他のマスコミも、政府の密約問題を正面から取り上げる雰囲気ではなくなった 。女性誌などは競って女性事務官のプライバシーを面白おかしく取り上げ、国民 の関心は女性事務官の個人や家庭問題へと移った。 女性事務官は懲役6月執行猶予1年の1審有罪判決が確定した。西山記者は1 審無罪、2審有罪となり、78年に最高裁で上告が棄却され、懲役4月執行猶予 1年の刑が確定した。 西山記者は毎日新聞を解雇され、女性事務官は懲戒解雇、離婚した。 2000年、米国立公文書館保管文書の秘密指定解除措置で、この密約の事実 を示す証拠文書が公開された。 密約当時、実務責任者の外務省アメリカ局長で、密約文書に署名した吉野文六 氏は、米公文書が見つかってもなお否定し続け、政府は吉野氏の証言をもとに否 定を崩していない。02年にも別の証拠の米公文書が見つかったが、この時も吉 野氏の証言をもとに、政府は否定した。 06年になり、吉野文六氏は一部マスコミの取材に対し、一転して密約の存在 を認めた。 吉野氏の言い分では、沖縄返還協定を批准するためには密約が欠かせなかった 。国会で何度もウソをつかねばならなかったので、西山事件で世論の流れが変わ り、助かった。年月もたち、歴史となってしまった。「小さな密約」にこだわら ず、沖縄をどうするかの問題に目を向けてほしくて、話す気になった---など の趣旨を述べている。 また、2000年、当時の河野洋平外相から密約の事実を 否定するように要請されたので、ウソをついた、と告白した。 西山氏は05年4月、「違法な起訴で記者生命を閉ざされた」として、政府に 対して損害賠償と謝罪を求め、提訴した。 この事件は、裁判所が、憲法が保障する取材の自由に対する制限を明記した点 で、大きな問題を残した。 公務員には守秘義務があるが、この守秘義務を尊重して取材活動をすれば、国 や公権力にとって都合が悪い事実、国民の目から隠そうとする事実を明るみに出 して、社会正義を実現するという言論機関の役目は果たせない。従来の判決の趣 旨は、公務員の守秘義務よりも、報道によってもたらされる国民の利益の方を尊 重するという姿勢だった。 しかし、この判決では「(取材の手段・方法が)社会 通念上是認することのできない態様のものである場合、違法性を帯びる」とし、 これでは国家が国民をだますような取材しにくい内容のテーマでも、行儀良く取 材しなければならない、ということになる。 米国では、情報はその内容の価値がすべてであり、取材方法の良し悪しはまた 別の問題、とする考え方が根強い。つまり、肉体関係をもった女性公務員から引 き出した情報であっても、情報の価値は変わらない、という考え方だ。 また、西山事件では日本人の政治感覚の未熟さをさらけ出した。概念的で分か りにくい「知る権利」よりも、男女の「下半身問題」に関心を向け、国民をだま した政府密約の重要性を国民の大部分が理解できなかった。 さらに、この事件では西山記者の行動にも問題が多く、結果的にマスコミ不信 を招いてしまった。 新聞記者の生命線は取材源の秘匿だが、西山記者は逮捕後、女性事務官が認め たと言われ、その夜の内に女性事務官が取材源であることを捜査側に話した。結 果的に女性事務官の生活と人生をめちゃくちゃにしたが、毎日新聞は女性事務官 に対して何の責任も取っていない。 また、取材データの取材目的以外での2次使用は、記者倫理上、厳しく制限さ れているが、西山記者が機密電文を安易に政治家に渡したことが、女性事務官の 人生を狂わせるきっかけになった。
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