八王子A小学校の生徒達は、家族の皆に通信簿を見られるのが嫌いだった。中でも成績のよくない吾郎は心の中で、通信簿なんてなければいいんだと思っていた。思いやりとか、勇気とかという科目欄があれば、もっといい点がつくのだが……。そんな吾郎が、ふとしたことから、新しく四年一組の担任となった古谷先生の通信簿を内緒でつけようと思い立つ。ある日、古谷先生は給食の時、生徒達に、にんじんを残してもいいと言った。しかし古谷先生は、学級会で班長の文子に自分はにんじんがきらいなので口を拭くふりをして、にんじんを捨てていたことを白状する。先生だって好き嫌いがあるんだなとつぶやきながら吾郎は通信簿を採点し始める。しばらくして蚕事件が起こった。宅地化が進み桑畑がなくなり、仕方なく蚕を捨てようとした近所のおさく婆さんに同情した吾郎が蚕を学校に持ってきた。なんとかして育てようと意気込む吾郎達と不安気な古谷先生。そのころ家庭訪問が始まり、古谷先生は教え子の玲子が幼児の頃、病弱で死にそうだった時、田舎のおばあちゃんが、「胡麻粒のように小さな蚕でも大きくなるのに、これだけになった赤ん坊が育たないわけはない。」と家族を励ました話を聞く。そんなことがきっかけで古谷先生は蚕を育ててみたくなったと、生徒たちに告げる。それを聞いた吾郎たちの顔は先生より真剣な表情になっていった。日増しに順調に育っていく蚕。それにつれて生徒たちの関心も増し、文子は家族から聞いた八王子の生糸の歴史を調べたり、吾郎と玲子は八王子から横浜に通じる絹の道を探検したりするのである。こうした生徒の課外活動は古谷先生にとって思いがけない事だった。やがて一学期も終わりに近づき、生徒たちに通信簿が渡される頃になった。けれども以前とちがって生徒達の表情はとても明るい。それは生徒達が、通信簿を渡す相手ができたからである。
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